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世界演劇祭 テアター・デア・ヴェルト2023

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3年に一度、ドイツの都市で開催される世界演劇祭/テアター・デア・ヴェルト。1981年の創設以来40年の歴史を持ち、ドイツのみならず世界の演劇シーンを代表する重要な演劇祭です。40年の歴史上初めて、世界演劇祭2023はディレクターを公募。世界30カ国から70を超える応募があり、選考は書類審査、企画プロポーザル、面接など、半年間におよぶ長いプロセスを経て行われました。その結果、芸術公社の相馬千秋と岩城京子が提案した企画が選ばれました。

世界演劇祭2023では、芸術公社が日本側事務局を担い、芸術公社代表理事の相馬千秋がプログラム・ディレクター、岩城京子がプログラム・アドバイザーを務めました。

世界演劇祭2023

会期|2023年6月29日~7月16日
会場|フランクフルト市及びオッフェンバッハ市内各会場

世界演劇祭2023ガイドブック(ドイツ語・英語)

世界演劇祭2023パンフレット(ドイツ語・英語)

世界演劇祭2023プレスリリース(日本語)

世界演劇祭報道記事一覧(ドイツ語、日本語/120件程度)

世界演劇祭日本事務局は、以下の団体・企業よりご支援をいただいております。
この場をお借りして深く御礼申し上げます。

協賛:全日本空輸株式会社 

助成:公益財団法人セゾン文化財団


プログラム・ディレクターズ・ノート 2022年10月

世界演劇祭のディレクターに就任して以来、私はこの演劇祭の輪郭をより鮮明にするため、ドラマトゥルク・チームや参加アーティストと膨大な対話を重ねてきました。以下の文章は、そうした対話の中から生まれてきた、この演劇祭のプログラムの基盤となる考え方であり、実現すべきビジョンです。

1.世界を複数化する

 Theater der Weltは、Theater of the Worldすなわち「世界の演劇/劇場」を意味します。私はこの40年の歴史をもつ演劇祭を統括する初の非西洋人女性として、「世界」「演劇」「祭」のそれぞれに、これまでとは異なる視座を持ち込みたいと考えています。1つの中心的な視点から概観・定義できる統一された空間としてではなく、世界を複数形で考えることを提案します。よってこの演劇祭の名称を、敢えてTheater der Weltenと複数形で語ることで、問題提起をしたいと思います。

 世界演劇祭では、世界が複数であること、そこから複層的に聞こえてくる声を、歴史を、視座を、複数性を保ったまま提示します。同時に、西洋―東洋、男性―女性、人間―非人間といった二元論で世界を捉えるのではなく、すべてのものがグラデーションないし複層的に交差しながら存在することを再確認しながら、複数性を生きる主体を尊重します。またその「世界」は決して人間だけが中心的に存在する世界ではなく、人間以外の生命や非生命も含んだ世界であることも忘れず、そうした視座を持ち込む新しい想像力を歓迎します。

2.「孵化主義」を実践する

 次にキュレーションの軸として、「孵化主義」というコンセプトを提案します。インキュベーションという言葉には、「孵化」と「潜伏」、すなわち新しい生命の誕生と、病として現れるまでの不安な時間が二重に含まれています。パンデミックでは、多くの人類がいつ終わるとも分からない隔離や待機の時間で、この状態を経験しました。進歩的な価値観では、こうした待機や遅延の時間は非生産的なものだと否定されがちです。しかし、このインキュベーション(孵化/潜伏)の経験から、私たち人類は多くのことを学んだはずです。未知のウイルスを前に、誰もが潜在的に病者であり、ケアされる存在となり得ること。私たちの身体や生命はそもそもウイルスを含むエコシステムの一部であること。人間以外の生命や自然を受け入れながら、それらとの調和と共存をベースとした新たな思想や社会システムの構築が急務であること。私たちは、異なる、不確定な、必ずしも直線的に進まない時間をも生きねばならないこと。こうしたコロナ禍での学びを忘却するのではなく、そこで経験した「インキュベーションの時間」、すなわち「不確定な状態、宙吊りの状態」を肯定的に受け入れ、そこから新たな創造性を発揮する態度として、私は「孵化主義」を提案します。

 この「孵化主義」は、個々の芸術的提案をアーティストと共に思考し、開拓していくための議論の起点であり、知的フレームとなります。また個々のプログラムや会場を横断的に繋ぎ、作品と観客を繋ぎ、パンデミック以前と以後をつなぐための媒体ともなるでしょう。
 会期中には、個々のアーティストがこのコンセプトに対して独自のアプローチで考案するパフォーマンスやプロジェクトが複数展開されます。さらに演劇祭の主会場の一つである応用美術館は、全館が「Incubation Pod (孵化のさや)」へと変貌し、昼から夜にかけて、そして7月8日は朝まで、瞑想、治癒、再生のための儀式やパフォーマンスが展開される空間となります。

3. 仮想現実により、演劇を拡張する

 世界演劇祭は、演劇という表現形式そのものを問い直し、更新する場です。西洋演劇が伝統的に中心に据えてきた戯曲やテキスト、さらには視覚中心的な演出に批評的な視座を持ち、人間と世界の関係性を捉え直す試みは、強く歓迎されるべきものです。そのため、領域横断的な表現や、旧来の「演劇」の概念にとらわれない芸術的挑戦を積極的に後押しします。
 その一環として、VR/AR技術を活用したパフォーマンスを集中的にプログラムされ、複数の欧州初演を迎えます。そこで問い直されるのは、私たちの身体とその知覚です。VR/ARは、体験者の知覚を拡張すると同時に騙す技術ですが、それらがパフォーマンスに取り入れられたとき、私たちはどのように未知の身体感覚を経験すると同時に、自らの身体を批評的に捉え直すことができるのでしょうか。こうした問いのもと、デジタルーアナログ、現実―仮想という二元論を超えて、あらたなデジタル技術時代のドラマトゥルギーをアーティストとともに開拓します。
 さらにフェスティバルの祝祭空間をメタバースにも拡張し、遠隔でより多くの人々とも共集の機会を共有します。

4.川に沿って二つの都市をつなぐ

 今回世界演劇祭が開催される2つの都市であるオッフェンバッハとフランクフルトをはるか昔から繋いできたのは、マイン川に他なりません。世界演劇祭では、この地理を創造的に捉え直し、マイン川そのものとその周辺エリアを、演劇祭の最もアクティブで象徴的な場に設定します。
 そしてこの川に沿った都市空間を「孵化主義」の視点から経験するためのスポットやプロジェクトを、複数のアーティストや地元の学生らとともに考案し、会期中を通じて持続的に展開します。それらは実際に観客や参加者が二つの都市空間を往来しながら「孵化主義」を実践するユニークな体験にもなるでしょう。
 またそれらのアクティビティは、気候変動やエネルギー危機、移民問題といった、地球規模で人類が直面する課題に対する、芸術による社会実践(ソーシャル・プラクティス)ともなります。さらに、そこで試みられる活動やアイディアが、演劇祭終了後にも継続し、地域社会に還元される仕組みを実装します。

5. 瞑想、治癒、回復の場をひらく

 コロナ禍は、生命の儚さ、誰もが潜在的に病を抱えうる存在であることを再認識させる機会でした。またここ数年、人間の脆弱性、ケアの倫理に関する議論が活発になっています。
 これまで近代的社会の中で「健康」で「健常者」とされてきた人たちに最適化された近代社会のプロトコルは、異なる能力や障害を持つ人々が作品を楽しめるようアクセシビリティのために再設定されねばなりません。世界演劇祭はそのための対策を講じます。
 また世界演劇祭は、芸術の想像力と治癒力を通して、相互ケアの場、社会文化的な回復の場としても機能します。演劇祭では、パンデミック下で自らの行動や可能性を制限せざるを得なかった若い人たちのために、彼らとともに、特別のプログラムを提供します。この若い世代とともに、私たちは未来を再び捉え直し、不確かな時代をいかに共に生き抜いていくかを学んでいきたいと思います。

 そして世界演劇祭は、人間中心的な世界を超えようとする作品を通じて、More than Humanの次元でケアの倫理を鼓舞することを望んでいます。そこでは、私たちの世界や生活圏を構成する人々や人間以外のエージェントとも調和し、共存することを学習することができるはずです。


 この半年の間にも、パンデミックのみならず暴力的な紛争が地球上の多くの共同体に影響を与え、エネルギー危機が深刻化し、世界はさらに不確実で不安定な事態に直面しています。世界演劇祭も、こうした世界情勢からの影響を免れることはできません。しかし私たちが提案する「孵化主義」は、まさに不確定性を受け入れ、宙吊りの一時停止状態を、熟慮と創造の生成期間へと変える態度です。私はこの演劇祭が、不確実さと孵化の時間と対話しながら発展し、困難な時代を乗り越えていく芸術的想像/創造をしなやかに準備することを願っています。
 プログラムの詳細は2023年3月末に発表します。ご期待ください。

相馬千秋
世界演劇祭 プログラム・ディレクター

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